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神戸地方裁判所 昭和29年(行)7号 判決 1955年6月10日

原告 宮田雄一 外一名

被告 神戸市警察本部長

主文

原告宮田雄一の請求はこれを棄却する。

被告が昭和二十八年十二月十八日原告鈴木喜三郎に対してなした神戸市警察基本規程第百十条による懲戒免職の処分はこれを取消す。

訴訟費用は原告宮田雄一と被告との間に生じたものは原告宮田雄一の、原告鈴木喜三郎と被告との間に生じたものは被告の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、「被告が昭和二十八年十二月十八日原告等に対してなした神戸市警察基本規程第百十条による懲戒免職の処分はいずれもこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

第一、原告宮田雄一について

(一)  原告宮田は、「神戸市巡査として昭和二十七年七月二十二日水上警察署において検挙した時計密輸犯人訴外土生勲及び辻岡武重の事件に関し刑事訴外荒木竜男の何とかしてくれとの懇請により同僚巡査である原告鈴木喜三郎と談合の上証拠品である時計約三百個位を四十個として残余を被疑者の間係者に持ち帰らせて故意に虚偽の報告をした」という理由で昭和二十八年十二月十八日被告から神戸市警察基本規程第百九条に該当するものとして同規程第百十条により懲戒免職の処分を受けた。

(二)  しかしながら右処分は左の理由により違法であるから取消されるべきものである。即ち、

(1)  期待可能性がなかつた。

昭和二十七年七月二十二日未明、原告宮田は原告鈴木とともに神戸市水上警察署警ら係巡査として同市兵庫第一突堤附近の海上を警ら中、右第一突堤の岸壁において、原告宮田は時計密輸入被疑者土生勲を、原告鈴木は汽船の住居侵入被疑者辻岡武重をそれぞれ逮捕し、いずれも水上警察署に連行したが、その際水上警察署捜査係巡査荒木竜男は、右被疑者等の親分で以前からの知合であつた訴外東井祝一から右被疑者等の釈放方を懇請せられたので、原告宮田に対しなんとかしてもらいたいと懇請した。原告宮田は右被疑者等とは一面識もなく且つまた何等の利害関係もなかつたが、右荒木は職務上優位な地位にあり署内の事務取扱の慣習として荒木の請託を拒絶することができない立場におかれていたので、やむなく同日付現行犯人逮捕手続書に前記土生が所持していた時計の個数を事実より少く四十個と記載して捜査係に事件を引継いだものである。要するにかゝる事情の下では原告宮田に他に適法行為にでることを期待し得なかつたものであり、仮りに期待可能であつたとしてもその可能の程度は極めて薄かつたものである。

(2)  本件処分は過重である。

(イ) 右のように原告宮田が虚偽の逮捕手続書を作成するに至つたのは前記荒木の懇請によるものであることは明らかである。そして荒木も原告等と同様懲戒免職の処分を受けているが、その理由は、原告等をして虚偽の現行犯人逮捕手続書を作成せしめ且つ訴外東井祝一より金一万円を事務取扱に対する謝礼として原告等に手渡すよう収受しもつて神戸市警察基本規定第九十七条の規律違反をなさしめるとともに贈収賄幇助の容疑行為をしたということになつている。これからみても本件においては荒木が主犯であつて原告宮田は従たる立場にあり、且つ荒木とちがい原告宮田は規律違反だけで刑法上の責任がないのにかかわらず荒木と同一処分に付せられたのは処分の均衡を失し原告宮田にとつては過重である。

(ロ) のみならず、原告宮田は本件処分を受けた当時既に恩給年限に達しており、且つ勤務成績は抜群、これまでに局長賞二回、部長賞六回、署長賞三十回を得ており、昭和二十七年度末における半ケ年表賞では海上警ら係班成績第一位として表賞を受けた者である。従つて原告宮田に仮りに不都合な行為があつたとしても、これら従来の勤務成績からみて恩給並に退職金を受ける権利をいずれも喪失せしめるような本件処分はその裁量の範囲を超え過重であつて違法である。

第二、原告鈴木喜三郎について

(一)  原告鈴木は、「神戸市巡査として昭和二十七年七月二十二日水上警察署において検挙した時計密輸入犯人訴外土生勲及び辻岡武重の事件に関し刑事訴外荒木竜男のなんとかしてくれとの懇請を同僚巡査である原告宮田より相談を受け宮田巡査と談合の上証拠品である時計約三百個位を四十個とし残余を被疑者の関係者に持ち帰らせて故意に虚偽の報告をした」という理由で昭和二十八年十二月十八日被告から神戸市警察基本規程第百九条に該当するものとして同規程第百十条により懲戒免職の処分を受けた。

(二)  しかしながら右処分は左の理由により違法であるから取消されるべきものである。即ち、

(1)  懲戒事実の認定に誤りがある。

原告鈴木は、昭和二十七年七月二十二日未明原告宮田とともに神戸市水上警察署警ら係巡査として同市兵庫第一突堤附近の海上を警ら中、右第一突堤の岸壁において、原告宮田は時計密輸入被疑者土生勲を、原告鈴木は汽船の住居侵入被疑者辻岡武重をそれぞれ逮捕し、いずれも水上警察署に連行したが、その際水上警察署捜査係巡査荒木竜男は、右被疑者等の親分で以前からの知合であつた東井祝一から右被疑者等の釈放方を懇請せられたので、原告宮田に対しなんとかしてもらいたいと懇請した。原告宮田は右被疑者等とは一面識もなく且つまた何等の利害関係もなかつたが、右荒木は職務上優位な地位にあり署内の事務取扱の慣習として荒木の請託を拒絶することができない立場におかれていたので、やむなく同日付現行犯人逮捕手続書に前記土生が所持していた時計の個数を事実より少く四十個と記載し、作成者として自己の署名捺印をするとともに、これと並んで原告鈴木の氏名をも書き入れその名下に同署警ら係員詰所備付の原告鈴木の印鑑を押捺して事件を捜査係に引継いだものである。従つて原告鈴木は密輸入時計が何個あつたかということも又前記報告書の内容も知らなかつたものであるが、原告宮田が原告鈴木のため巡査として成績をあげるために役立つ点数を得せしめる目的で勝手に署名捺印をしたものである。事案の真相は以上のとおりであるから、原告鈴木に対する前記懲戒事由はその事実の認定を誤つているものといわなければならない。

(2)  原告鈴木に規律違反はない。

さきに述べたとおり、原告鈴木が逮捕したのは辻岡であつて、同人は密輸入時計を所持しておらず、これを所持していたのは土生であつて原告宮田がこれを逮捕したのであるから、原告鈴木は土生に対する現行犯人逮捕手続書を作成する職務上の義務を負担していない。そして職務上の規律違反は職務上の義務を前提とするものであつて職務上の義務のないところに規律違反はないから、被告が原告鈴木の行為を規律違反なりと認定したのは違法である。

(3)  本件処分は過重である。

(イ) 仮りに原告宮田が作成した現行犯人逮捕手続書に対し原告鈴木もまた責任を負わなければならないものとしても、原告鈴木は自分が担当している辻岡の取調に没頭し土生の取調並に同人に対する逮捕手続書の作成に意を用いる余裕がなかつたものであつて、本件の責任発生当時における情況は原告宮田の場合より一層同情すべく情状として軽い状態にあるものである。そして本件において最も情状の悪いのは前記荒木で、次は原告宮田であり、原告鈴木はその情状が最も軽いのにもかゝわらず、規律違反の外に刑事上の責任をも併せその理由とされた荒木と同一の懲戒免職処分を受けたのはひつきようその処分が過重であり違法であるといわなければならない。

(ロ) なお原告鈴木もまた本件処分を受けた当時既に恩給年限に達している者であつて、その家族は妻子とともに合計九人、本件失職によつて本人並にその家族の生活は甚だしく脅かされている。従つて原告鈴木の恩給並に退職金を受ける権利を一挙に喪失せしめるような本件処分はこの裁量の範囲を超え重きに過ぎるものであり違法である。

よつて被告に対し本件各懲戒免職処分の取消を求めるため本訴に及んだと述べた。

(立証省略)

被告訴訟代理人は、「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

原告等の主張事実中、被告が昭和二十八年十二月十八日当時神戸市巡査として勤務していた原告等をいずれもその主張するような事実により懲戒免職処分に附したことはこれを認める。

被告は原告等に懲戒免職処分の理由として認定したような事実があつたから神戸市警基本規程に従つて適法に懲戒免職処分をしたものである。

およそ犯罪の捜査が警察の主要任務の一をなすことは警察法第一条により明らかであり、また証拠を収集することが犯罪捜査の要部をなすことも法令上頗る明らかなところであつて今更こゝに多言を要しないところである。従つて警察職員が犯罪捜査にあたり証拠の収集につとめ収集し得た証拠を完全に保持保全すべき重大なる職責を有していることも特に説明を要しないところであるが、神戸市警察基本規程においては、第八十八条に「警察職員は公共の奉仕者としてその利益のために勤務し且つ職務の遂行にあたつては全力を挙げてこれに専念しなければならない。」とし、また第九十条には警察吏員は宣誓書に署名してからでなければその職務を行うことができないとの規定を設け、一般服務規律に関する認識と責任を自覚せしめることに意を用いているだけでなく、特に第九十七条には、警察責務の遂行上警察職員の遵守すべき事項として、「犯罪捜査にあたり価値あるべき証拠を故意に破壊、棄損又は隠匿してはならない。」(同規程第九十七条第二十七号)と定め証拠の確保に十全を期している。また捜査の有機的且つ組織的な活動を期するため、「勤務の内外を問わずその知得した犯罪情報については如何なるものでも直ちにこれを詳細に所属長に報告しなければならない」ものとし(同第二十六号)、さらにまた、職務上故意に虚偽の報告をしてはならない(同第二十七号)といつたような当然の事柄までも規定してその職務違反を厳に戒めているのである。そして原告両名は警察職員中警ら員として犯罪検挙活動の一端を担い、犯罪捜査については触手的第一次的役務を負うているのであるが、警ら員は刑法犯及び罰金以上に該当する特別法犯(交通事犯を除く)の犯罪を検挙した場合は、その罪質の如何を問わず現状現形のまゝすべて捜査専務員又は当該処理機関に引継ぐことを要求されているのである。そしてそれと同時に勤務要綱にいわゆる第一次的書類作成の義務を負わされているのである(神戸市警察徒歩警ら勤務要綱、第一〇の三の(一)の(1)、水上警察署警ら勤務細則第一条)。従つて本件のように、警ら員において既に獲得しその手裡にある重要な証拠物件を故意に被疑者の関係者に持ち帰らせ所属長に虚偽の報告をするが如きは、警察職員としての職務違反の甚しいものであつて、特に捜査の第一次的活動の任務を負担している警ら員としては、その職務上の義務違反の内最大のものに属するといつても過言ではない。

神戸市警察基本規程第百九条によれば警察職員に職務上の義務違反行為があつたときは懲戒処分に附することとなつており、同規程第百十条によれば、懲戒処分には戒告、減給、停職及び免職の四種類の別があり、警察局長がこれを行うことになつているのであるから、被告が前記原告等の行為に対し右の内最も重い免職処分を選択したことは適法にして且つ適切であつて、もしこの種の違反行為に対して免職以下の処分に附するようなことがあつては、警察職員規律の弛緩を来し、捜査の遂行を阻み、ために警察の任務たる公安の維持を期することができなくなることは明白である。なお、

第一、原告宮田雄一について

(一)  期待可能性がなかつたとの主張に対し

捜査係と警ら係とは、互に密接な職務関係に立つてはいるが、命令系統上優劣上下の関係はなく各個独立の職務関係に立つており、また原告宮田の言うように荒木の請託を原告宮田において拒絶することができないような事務取扱の慣習もない。従つて右職務上の関係や事務取扱上の慣習の存在を前提とする原告宮田の主張は理由がない。また原告宮田には適法行為期待可能の程度が極めて薄かつたということも認められない。

(二)  本件処分が過重であるとの主張に対し

(1)  訴外荒木並に原告宮田の職務違反行為のみに対する処分上の評価としても、いずれも懲戒免職以下に下すべきものではないから、原告宮田に対し右荒木と同様懲戒免職処分に附したのは至極適切妥当である。

(2)  原告宮田は本件当時既に恩給年限に達しており且つ勤務成績が抜群であつたと主張するが、仮りにその主張のような事実があつたとしても、なお未だ本件処分を違法とすべき理由とはならない。

第二、原告鈴木喜三郎について

(一)  原告鈴木に規律違反はないとの主張に対し

警ら員はいずれも所定の受持区に所属し、各受持区に勤務する警ら員はその勤務中における警察全般の責任を負い(神戸市警察徒歩警ら勤務要綱、水上警察署警ら員勤務細則第一条)、海上警ら員の警ら勤務は二名以上をもつて一勤務単位とせられており(同細則第十条)、原告鈴木は原告宮田とともに同一受持区における勤務を命ぜられ、両名をもつて一勤務単位を組成するものとせられていたので、本件捜査にあたつても両名が一勤務単位となつて一体的に活動して被疑者土生及び辻岡を逮捕したのであつて、その逮捕より引継に至るまですべてその共同責任において行動したのである。そして一勤務単位内において犯人を逮捕した場合は、犯人逮捕手続書を作成して引継をしなければならないことになつており、その手続書を作成するにあたつては、勤務単位内各員の共同責任において作成することになつているのであるが、事実問題としてその起草執筆などの事務は誰かで受持ちその作成に共同の責任を持つのであつて、一般に共同して書類を作成する場合むしろそうすることが自然であり普通である。本件においても原告宮田がその起草執筆を受持ち原告鈴木は宮田に一切を任せたのであるから、原告鈴木にもその責任がある。また他の一面、原告鈴木は原告宮田が虚偽の手続書を作成して所属長に提出報告することを知つておりながらこれを是正する措置をとらなかつたものであるから、いずれにしても報告義務違反の責を免れることを得ないものである。

(二)  本件処分は過重であるとの主張に対し

原告鈴木は被処分者たる荒木、宮田に比し最も軽い情状にあるにかかわらず同一処分に附せられたのは過重であると主張するが、前記のような職務違反のもとにおいては、原告鈴木の主張する情状その他利益ある諸事由を以てしても、未だこれを免職処分以下に評価することを得ないものである。

以上要するに、被告のなした本件各懲戒免職処分はいずれも適法であるから原告等の請求は失当であると述べた。(立証省略)

理由

第一、原告宮田雄一について

被告が昭和二十八年十二月十八日当時神戸市巡査として勤務していた原告宮田をその主張するような事実により懲戒免職処分に附したことは当事者間に争がない。

そこで右懲戒免職処分が適法であるかどうかについて判断する。

(一)  懲戒事由の有無について

(1)  昭和二十七年七月二十二日、原告宮田が、水上警察署において検挙した時計の密輸犯人土生勲の事件に関し刑事荒木竜男から「なんとかしてくれ」と懇請されその証拠品たる時計の個数を事実より少く四十個と記載して捜査係に引継ぎもつて虚偽の報告をしたことは原告宮田の認めるところである。

右当事者間に争のない事実によれば、原告宮田はその処分の理由となつた事実はおゝむねこれを認めているものと言えるが、右は本件事案の骨子たるにとどまりなお未だその間の事情をつまびらかになし得ないので、さらに証拠によつてこれを認定することとする。

成立に争のない甲第二号証の一乃至四、第三号証、乙第六号証の一乃至一〇、乙第七号証の一、第八号証の一、二、証人芳賀峻の証言、原告本人宮田雄一、鈴木喜三郎各訊問の結果を綜合すれば次のような事実を認めることができる。

原告宮田は神戸市公安委員会から司法警察員の指定を受けた司法巡査であること、当日午前四時頃、原告宮田は同僚の巡査である原告鈴木とともに神戸市水上警察署警ら係巡査として折柄同市兵庫第一突堤に入港中の英国船イーサン号の外国物資不法買出人検挙のためその附近の海上を警ら中、右第一突堤の岸壁において、原告宮田は外国製時計を船員より購入した被疑者土生勲を関税法違反現行犯人として、原告鈴木は同船内に侵入した辻岡武重を住居侵入現行犯人としてそれぞれ逮捕し、午前五時頃いずれもこれを水上警察署に引致したこと、そして右水上警察署において、原告宮田は自分が逮捕した右土生の身体を検査した結果その身体から約二百個乃至三百個の密輸時計を発見したこと、しかるに丁度そのとき宿直であつた捜査係巡査の荒木竜男が右被疑者等の親分で以前からの知合であつた訴外東井祝一から被疑者等の釈放ないしは時計の返還交渉方を懇願された結果、原告宮田に対し、「絶対に迷惑をかけないからなんとかしてもらいたい。」と頼み込んだこと、原告宮田は当初これを拒否したが、荒木の度重なるしつような懇請のために思案に余り、原告鈴木に相談をもちかけその意見を聞いたところ、原告鈴木は「君がつかんだんだから君の判断でいい様にしてくれ。」と返答したのでいよいよその処置に窮したが、遂にこれを容認する気になり、「持つてゆけ。」とつぶやき、前記東井等にその時計の大部分を持ち帰らせ、残余の四十個のみをその事件の報告書類に記載し、これに基いて一切の手続を了したことがそれぞれ認められる。

(2)  およそ警察職員たる者が犯罪の捜査にあたり証拠の収集につとめ且つ収集した証拠を完全に保持保全すべき重大な職責を有していることは法令に明文の規定のあるなしを問わず疑いを容れないところであるが、特に警ら員は、犯罪の捜査について触手的第一次的役務を負うているものであつて、刑法犯及び罰金刑以上に該当する特別法犯(交通事犯を除く)の犯罪を検挙した場合は、その罪質の如何を問わずすべて捜査専務員又は当該処理機関に引継ぐことを要求され、同時に第一次的書類作成の責任を負わされていることは神戸市警察徒歩警ら勤務要綱(乙第三号証)第一〇の三の(1)の規定によつても明らかなところである。

従つて、本件のように、警ら員において既に発見した証拠物件を(たとえ全部でないとしても)被疑者の関係者に持ち帰らせ、所属長に対し真実に反する虚偽の報告をすることは、警察職員としての職務に反するばかりでなく、警ら員としての職務上の義務にも違反するものといわなければならない。

そして神戸市警察基本規程(乙第五号証)第百九条並に第百十条によれば、警察職員に職務上の義務に違反する行為があつたときはこれを規律違反として懲戒処分に附することとし、右懲戒処分の種類を戒告、減給、停職及び免職の四種にわけ、警察局長が右処分を行うこととしていることが明らかであるから、原告宮田の本件行為は右懲戒処分の対象となりうるものといわなければならない。

(二)  期待可能性の主張について

原告宮田は、荒木が職務上優位な地位にあり、署内の事務取扱の慣習として荒木の請託を拒絶することができない立場におかれていたから、かゝる事情の下では他に適法行為にでることを期待し得なかつたものであり、仮りに期待可能であつたとしてもその可能の程度は極めてうすかつたと主張するのでこれについて判断する。なるほど原告宮田が前記のような行動にでたのは刑事荒木竜男のしつような懇請によるものであることはさきに認定したところによつても明らかなところであるが、しかしながら右荒木がその職務上原告宮田より優位な地位にあつたこと並に右のような荒木の請託に対しこれを拒絶できないという事務取扱上の慣習が存することについてはこれを認めるに足る証拠がない。従つて厳正に犯罪捜査をなすべき重責を負う原告宮田が、右のような不法な請託に対しこれに応ずる以外にとるべき途がなかつたという原告宮田の主張はとうてい採用に値しないものであり、又適法行為期待可能の程度が極めてうすかつたということも認めがたいところであり、ひつきよう原告宮田はその責を免れ得ないものといわなければならない。

(三)  本件処分が過重であるとの主張について

原告宮田は、本件においては荒木が主犯であつて原告宮田は従たる立場にあり、且つ荒木と違つて規律違反だけで刑法上の責任(収賄の事実)がないのにかかわらず、ともに最重の懲戒免職処分を受けたことは処分の均衡を失し原告宮田にとつては酷に過ぎるものであり、同原告の勤続年数、勤務成績及び家庭の事情等一切の事情を考慮すれば、本件処分は過重違法であると主張しているので、この点について考察する。

およそ懲戒事案の処理にあたつては、懲戒事由の存否について客観的に妥当な判断をした上、単に形式的事実のみにとらわれることなくあくまでも事案の実情に即して考察し、所定の懲戒処分のうち当該非行に相応する処分を選択すべきものであることはいうまでもない。そして右処分の選択にあたつて処分権者はある程度の自由裁量権を有するものであるが、軽微な事案に対し甚だしく重い懲戒処分をもつて臨むがごときはその裁量の限度を超えたものとして違法であると解するのが相当である。

ところで前記認定に供した各証拠によれば、荒木が東井より本件に関する謝礼として原告宮田及び原告鈴木に渡すべき旨依頼を受けて金一万円を受領した事実が荒木の処分理由の一をなしていること、原告宮田が右金員を収受したことについてはこれを認めるに足るものなく、その処分理由においてもこの点にはふれていないこと、並に原告宮田は昭和十五年外務省巡査を拝命し、爾来外地で勤務していたが、終戦后内地に引揚げ、昭和二十二年五月兵庫県巡査として水上警察署に勤務するに至つた者で、現在その家族は妻子とともに四人暮しであることがそれぞれ認められる。

しかしながら、原告宮田に収賄の事実がないからといつて同原告に対する懲戒免職処分が直ちに不均衡且つ過重であるというのはあたらない。何故ならば、さきに認定したような原告宮田の行為は、形式的には単に報告書類の不実記載をしたということにとどまるが、実質的には関税法違反現行犯人の取調に際し証拠品たる密輸時計の相当量を故意に見逃して犯人の関係者に持ち帰らせたという点にむしろ問題があるのであつて、これは警察職員として第一にこゝろがけるべき犯罪証拠の確保義務に違反し、事実上密輸入行為を達成せしめ又はこれを助長するの結果を招来するものであるから、右事実だけを以てしても原告宮田は職務違反として最もつゝしむべき行為を敢てしたものといわなければならないからである。従つて原告宮田の本件事案について、被告がこれを懲戒処分中最も重い免職処分に付するのを相当と判断したのは理由あるものであり、さきに認定したような同原告の勤務年数、勤務成績並に家庭事情をもつてするも未だもつて右処分を過重違法視することを得ないものと解する。

よつて被告が原告宮田に対してなした懲戒免職の処分は適法であつて、これが取消を求める原告宮田の請求は失当として棄却を免れない。

第二、原告鈴木喜三郎について

被告が昭和二十八年十二月十八日当時神戸市巡査として勤務していた原告鈴木をその主張するような事実により懲戒免職処分に附したことは当事者間に争がない。

そこで右懲戒免職処分が適法であるかどうかについて判断する。

(一)  懲戒事由の有無について

(1)  昭和二十七年七月二十二日、原告鈴木が、原告宮田とともに神戸市水上警察署警ら係巡査として神戸市第一突堤附近の海上を警ら中、被疑者土生勲及び辻岡武重の両名を逮捕し、これを水上警察署に引致したことは当事者間に争がない。成立に争のない甲第二号証の一乃至四、第三号証、乙第六号証の一乃至一〇、乙第七号証の一、二、第八号証の一、二、証人芳賀峻の証言、原告本人宮田雄一、鈴木喜三郎各訊問の結果を綜合すれば次のような事実を認めることができる。即ち、

右は当日午前四時頃、原告鈴木が同僚の巡査である原告宮田(神戸市公安委員会から司法警察員の指定を受けた司法巡査)とともに神戸市水上警察署警ら係巡査として同一班員となり折柄同市兵庫第一突堤に入港中の英国船イーサン号の外国物資不法買出人検挙のためその附近海上を連絡を図りつゝ手分けして警ら中、右第一突堤の岸壁において、原告宮田は外国製時計を船員より購入した被疑者土生勲を関税法違反現行犯人として、原告鈴木は同船内に侵入した辻岡武重を住居侵入現行犯人としてそれぞれ逮捕し、同日午前五時頃原告等両名で右両名を水上警察署に引致したものであること、そして右水上警察署において原告鈴木は主として右被疑者辻岡の取調にあたつたが、一方原告宮田は被疑者土生の取調をし、身体検査の結果その身体から約二百個乃至三百個の密輸時計を発見したこと、しかるに丁度そのとき宿直であつた捜査係巡査の荒木竜男が右被疑者等の親分で以前からの知合であつた東井祝一から被疑者等の釈放ないしは時計の返還交渉方を懇願された結果、原告宮田に対し、「絶対に迷惑をかけないからなんとかしてもらいたい」と頼み込んだこと、原告宮田は当初これを拒否したが、荒木の度重なるしつような懇請のために思案に余り原告鈴木に相談をもちかけその意見を聞いたところ、原告鈴木はこれに対し「君がつかんだんだから君の判断でいいようにしてくれ」と返答したこと、そこで原告宮田はいよいよその処置に窮したが、遂にこれを容認する気になり、「持つてゆけ」とつぶやき、前記東井等にその時計の大部分を持ち帰らせ、残余の四十個のみをその事件の報告書類(現行犯人逮捕手続書並に差押調書)に記載し、右現行犯人逮捕手続書の作成者として自己の署名捺印をするとともにこれと並んで同一班員であつた原告鈴木の氏名をも書き入れその名下に原告鈴木の印鑑を押捺して該事件を捜査係に引継いだものであることがそれぞれ認められる。

右につき原告鈴木は、その際原告宮田が行つた土生に対する取調の情況並に密輸入時計の数量等を全く知らなかつたものであると主張するが、土生に対する取調は原告鈴木が直接これを担当したものでないとはいえ、さきに認定したような逮捕より引致にいたる間の事情並に原告宮田から相談を持ちかけられ意見を求められた際の情況等に照して考えれば原告宮田が証拠品たる時計を持ち帰らせたことについてこれを許容する意思を有していたことを窺い知ることができるものである。

(2)  ところで原告鈴木は、当時密輸入時計を所持していたのは土生であり、原告宮田がこれを逮捕し取調べたのであるから、原告鈴木は右土生に対する現行犯人逮捕手続書を作成する職務上の義務を負担していない。従つて原告鈴木には規律違反の点はないと主張するのでこの点について判断する。成立に争のない乙第一乃至第五号証並に証人安岡利平、村上隆士の各証言を綜合すると、警ら員はいずれも所定の受持区に所属し、各受持区に勤務する警ら員はその勤務中における警察全般の責任を負い、特に海上警ら員の警ら勤務は二名以上をもつて一勤務単位とされていること(水上警察署警ら員勤務細則第十条)、そして一勤務単位内において犯人を逮捕した場合は、犯人逮捕手続書を作成して引継をしなければならないが、その手続書を作成するにあたつては、勤務単位内各員の共同責任においてこれをすることとなつていることがそれぞれ認められる。

そして本件においては、原告鈴木は原告宮田とともに同一受持区における勤務を命ぜられ、両名をもつて一勤務単位を組成するものとされていたのであり、しかも本件の犯人である土生並に辻岡の逮捕がいずれも同時に同場所において原告等によつて共同して行われたことはさきに認定したところであるから、犯人土生に対する逮捕並にその現行犯人逮捕手続書の作成につき原告宮田が直接これを担当処理し、原告鈴木は主として犯人辻岡の取調にあたり犯人土生の事件については事実上取調の衝に当つたのではないけれども、事件処理上の責任の点からいえば両者の共同責任の下において行われたものというべきであつて、犯人土生に関する書類の作成につき原告鈴木はなんら有責的な関係に立たないという見解はにわかに採用できないところである。

(3)  はたしてそうだとすれば、原告鈴木についてもまた、さきに原告宮田について述べたのと同様の理由でその行為は職務上の義務に違反したものとして本件懲戒処分の対象となり得るものと言わなければならない。

(二)  本件処分が過重であるとの主張について

本件のように懲戒処分として免職、停職、減給、戒告の四種類が定められている場合において、そのいずれの種類の懲戒処分に附すべきかについては、あくまでも事案の実情に即して考察判断し、真に当該非行に相応する処分を選択すべきものであることはさきに述べたとおりである。そこでかような見地から原告鈴木に対する本件懲戒免職の処分が過重違法であるかどうかを判断する。

さきに述べたように、本件において原告鈴木は原告宮田とともに同一受持区の警ら勤務を命ぜられ、両者は一体として共同責任の下に本件捜査活動に従事したものであることは疑いのないところである。しかしながら、原告鈴木の行為に対する評価は右事実のみによつてつくされるものではない。何故ならば、原告鈴木は、最初から犯人辻岡に対する捜査活動に精力を集中し、本件密輸時計の所持者土生の取調には直接干与することなくこれを原告宮田にまかせていたこと、本件の密輸時計を持ち帰らせるにつきその直接且つ最終の判断を下したのは原告宮田自身であり、又右土生の現行犯人逮捕手続書に署名捺印をしたのもすべて原告宮田であること、原告鈴木は、本件の時計返還の問題に関し、一応原告宮田から相談を受けその意見を求められたが、その処置を実際の取調者であり且つ司法警察員の指定を受け自分よりはより広範な権限と責任をもつ原告宮田の一存に委す旨の発言をしたにとゞまることを考えなければならないからである。そして以上の事実よりすれば、原告鈴木は本件に関しては終始何等積極的行為にでたところなく原告宮田の行為をほゞ推察しながらそのなすがまゝに放置するの態度をとつたにすぎないものと言うべく、右は慢然違法の事態を招来せしめたものとしてその責を免れ得ないものではあるとしても情状においては原告宮田より酌量すべきものありというべきである。

なお一方成立に争のない乙第六号証の三並に原告本人鈴木喜三郎訊問の結果によれば原告鈴木は、当時四十七歳、昭和十六年兵庫県巡査を拝命以来神戸市水上警察署に勤務する者で、爾来まじめに勤務し、これまでに警ら部長賞二回、署長賞五、六回を得ており、その家族は妻子とともに合計九人であることが認められる。

以上認定した一切の事情を考慮すると、原告鈴木に対してなした被告の懲戒免職処分は、懲戒処分としてはその裁量をあやまり重きに過ぎる違法があるというべきである。

従つて、右処分の取消を求める原告鈴木の本件請求は正当としてこれを認容すべきものである。

よつて訴訟費用の負担につき行政事件訴訟特例法第一条民事訴訟法第八十九条第九十五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 中村友一 土橋忠一)

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